2014年12月31日

大晦日になっちゃった


おばぁちゃんのことから年末までバタバタと過ぎて

あっという間に大晦日

今年もいろいろあったけど無事にこの一年の終わりを迎えることができました

いろんな人に支えられて日々過ごすことができていること

いつも忘れずにいよう


2014年を振り返ってみると。。。

今年の一番のスペシャルな出来事はやはり

長年望み続けていた畠山美由紀さんのライブをノマドカフェでやってもらえたこと

これはほんとうに大きな出来事だった

このライブ実現のために大きな力を貸してくださった

ブラジリアンギタリストの笹子さんにはほんとうに感謝です

そして美由紀さんはもちろんのこと

素晴らしい演奏をしてくださった 笹子さん率いるショーロクラブのみなさんにも

ほんとうに感謝してます

ライブの記事
http://cafenomado157.seesaa.net/article/406726537.html


DSC_9838.JPG
お見送りの時に美由紀さん・マネージャーさん
ショーロクラブの笹子さん・秋岡さん・沢田さんと


そうそう「運動」を再開したのも個人的に大きな出来事といえば大きな出来事

続かなかったものもあるけど(笑)

見るだけだったテニスをやり始めたのはほんとによかったな

週に1・2度の息抜きはほんとうに楽しい

このお休みには「マイラケット」も購入予定だから

ふたりで練習しようと思う

12月初めから意を決して(ってほどでもないけど)生活改善start!

長いことお休みしていたYOGAも再開することに。。。

昔のストイックさをとっぱらったことで 前よりも質の高い時間になってると思う

アーユルベーダの智慧も少しだけ生活に取り入れて なかなかいい感じです


20141231HIKARU本.JPG
友永ヨ-ガに加え 東京ではいつもお世話になっているHIKARU先生の本


2015年はよりパワーアップして もっと体を動かして行こう!

とりあえず昨日・今日はRJと軽くランニング&バドミントン

いい汗かいてます

posted by ノマド at 21:47| 鹿児島 ☁| Comment(0) | あそび・イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月15日

おばぁちゃんが死んだ


11月の中旬のある日

大好きなおばぁちゃんが死んだ 92才だった

おばぁちゃんと言っても血のつながりはなくて

実際には相方RJのおばぁちゃん

でもほんとうのおばぁちゃんみたいで

おばぁちゃんもあたしをほんとうの孫みたいにかわいがってくれた

誰にでも分け隔てなく接し 面倒見がよく

江戸っ子のような口調で話し 気っ風もよく

好奇心旺盛でちゃめっけがあって

何より猫とお花と時代劇と民謡と大トロが大好きで

チャレンジ精神があって いつも前向きで

92才にして新聞を読み 読書をし RJのすすめで4年位日記を書いていた

大らか 朗らか いつも「有り難い」「幸せだ」と言っていたおばぁちゃん

人の言うことややることを頭ごなしに否定したりは絶対にせず

屋久島へ行くことも カフェをはじめることも

きっと心配していただろうけど いつもあたしたちを信じて無条件に応援してくれた

そんなおばぁちゃん

ここ数年は殆ど毎日のようにスカイプで話していて

倒れる前日もいつも通りヘルパーさんにお風呂に入れてもらい

美味しくゴハンを食べ テレビを見 お客さんと話していたという

そんな元気なおばぁちゃんだったから余裕で100までは・・・と思っていた

でもある日突然にそんなことが起った

倒れたとの知らせを受けて その日の内にRJの実家へ

翌日ICUにいるおばぁちゃんと面会

聞いていたより元気で安心もして・・・

麻痺はあったけど 日に日に元気になっていく感じだった

会話もしっかりしていて「さすがおばぁちゃんは不死身だ!」と。。。

当初定休日の「水木金」でお見舞いと思っていたけど 日曜までは伸ばすことにして

土曜日は一般病棟に移って面会も長くできるようになったから

ふたりで面会時間のぎりぎりまで病室にいて かなりたくさん話した

そして時間がきて「じゃぁそろそろ行くよ」「またクリスマスイブには帰ってくるから、すぐまた会えるね」

「じゃぁおやすみ」とあたしたち

そしておばぁちゃんも「はい おやすみ!」と。。。

ドラマみたいだけど それが最後の言葉だった

家に帰ってきて「まぁ年末位からはどこかでリハビリだね」とか言っていた位

おばぁちゃんの復活を信じて疑わなかった

それくらい「大丈夫」に見えた

でもその日の夜中 もう寝ようかという時間に電話

おかぁさんと3人で病院に駆けつけたときには まだ息はあったものの

すでに昏睡状態になっていた

それから次々に親戚が駆けつけ・・・

みんな殆ど一睡もしないでおばぁちゃんを見守った

最後の30分位は上手く息ができない感じだったけど

RJが泣きながら一生懸命マッサージをしてあげてなんとか息が続いて・・・

あたしはあの状況でみんなが立ち尽くすしかできないでいた時に

あぁいうことができるRJに感動もしたし

この人はほんとうに心からおばぁちゃんを愛していて

(延命をしたい訳じゃなかったけど)最後まで諦めずになにかをしてあげたいと思ったんだ と思った

何が正解とかそういうんじゃなくて。。。

きっと普通はだれもそんな行動はなかなかしないし

「そんなことしていいのか」とかまず頭で考えてしまうんだろうけど

そうじゃなくてもう先のない状況で それが仮にタブーだとか

一般的にNGだとかそういうことじゃなくて心に従って「動ける」ってことが大事だし

「今何が大事で何が必要なのか」ってことを 人の顔色を見たりせずにできるということ

それってほんとにスゴイことだと思った

自分の相方ながらほんとうに尊敬したし おばぁちゃんも「ありがとう」って言ってたと思う

「Rちゃんらしいね」って。。。

そして最後に駆けつけたおばぁちゃんの妹を待って 静かに息を引き取った

ほんとうにほんとうに悲しくて いっぱいいっぱい泣いた

それからお通夜までの間やちょっとした時間にも

いっぱいいっぱいおばぁちゃんの話をした

おばぁちゃんの話をするたびに 道端でもデパートの中でも

ふたりして泣いてしまったりしたけど

お通夜までの時間やお通夜やお葬式など 一連の儀式を見守っていくうちに

じょじょにじょじょに「現実」として受け入れられるようになっていった

お通夜とかお葬式とか 今まであんまり深く考えたことはなかったけど

死者のためだけでなく その人のまわりの大切な人たちの為の儀式でもあるんだなと

そんなことを改めて思った

もうすぐ実家に帰って いつも温かく迎えてくれたおばぁちゃんが居ないということ

それはまたどれだけの喪失感なのか。。。と思うけれど

残されたものは「生きて行く」ということが使命なんだと思う

色んな死の形があるし どんな死に方であれ愛する人の死は一様に悲しいに決まってるけど

傍から見てもおばぁちゃんはほんとうにいい人生だったと思う

そしてきれ〜にやるべきことはやって

身内に大変な介護をさせることなく

最後の言葉は「おやすみ!」って。。。

ほんとうに憎い位に見事な死に様だったと思う

天晴!!!

おばぁちゃん あなたは「普通の庶民」だったかもしれないけど

どんな人たちよりもあたしたちに強い影響力を与え

「おばぁちゃんみたくなりたい」って思わせてくれる

ほんとうに素晴らしい人でした

またこんなことを書いていると 久しぶりに涙がでてくるけれど

おばぁちゃんみたいな素敵な人に出会えたことを感謝しています

ほんとうにほんとうにありがとう

相方が調べたところによると仏さまは49日までの間は

7日ごとに裁判を受けているらしく けっこう忙しいみたい

落ちついたら夢にでも出てきてほしいものだよ おばぁちゃん!

おばぁちゃんが死んじゃったこと おばぁちゃんのこと

1月経ってやっとこ書けました


20141216サクラとおばぁちゃん4月.JPG
屋久島移住以来初めて桜の咲く季節に関東に帰って
一緒にお花見をした時の満面の笑顔のおばぁちゃん




posted by ノマド at 00:00| 鹿児島 ☀| Comment(0) | つれづれなるままに・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする